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週末ひとりけんきゅうしつ

つれづれなるままにひぐらし音楽と社会をながめる人のひとりごと。(もはや週末関係ない)

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田渕ひさ子という「シンガーソングライター」(toddle/Vacantlyのちょっとしたレビュー)

先週末になりますが、toddleのインストアライブを見てまいりました@タワー新宿。

 

アコースティックセットでのtoddleとしてのライブは5年ぶり(つまり前作リリース時の同じインストアライブ)とのこと。

あのいわゆる「田渕ひさ子的」なキレキレの轟音ギターとは似つかないたいへんピースフルなミニライブで。

お客さんとメンバーの微妙にぎこちない緊張感と距離感もまた一興

 

と言いつつ、やっぱりひさ子さんのギターはエレアコなのにジャキッとバキッとした音がするのはやっぱりあの独特なストロークの当て方かなあと思いながら、元ひさ子フォロワー女子的にはガン見してしまいました。。

  

実のところ私は、普段バンドでやっているアーティストのアコースティックセットってあんまり面白く思えないタイプだったりもするのですが、

今回、アコースティックで聴いて改めて認識しました、今回のアルバムの楽曲は、アコースティックアレンジに違和感のないとても柔らかなものが多いんですね。

それは、アレンジが、ということではなくて、メロディラインやコーラスワークがそうさせているように思います。

 

一度、ひさ子さんのアコースティックのソロの弾き語りを観たこともありますが、

その時観たのと同じように、以前のtoddleの印象と違って歌が柔らかくなってらっしゃいます。

 

 

メロディの力が楽曲を引っ張れる、そんな変化が今作にはあった。

ということ。

 

田渕ひさ子という「シンガーソングライター」 

Vacantly

Vacantly

 

 

toddle5年ぶり4枚目のアルバム『Vacantly』。

 

まず、ドラマーがこの5年の途中で変わっており、リズムは抑揚を効かせた細やかに弾むようなスタイルから一変、タイトなパワードラムにシフトしているものの、躍動感という点では相変わらずの路線。

 

むしろ今回大きな変化があったのはメロディの存在感。

特に歌の旋律は、これまでになく豊かで多彩な表情を見せてくれている。

 

toddleのこれまでの3作は、bloodthirsty butchers吉村秀樹がプロデュースを務めた作品だった。周知の通り、彼を喪ったことは日本のロックミュージック界にとってももちろんだが、とりわけ、toddle、そしてリーダー田渕ひさ子にとってはより一層大きな影を落としたにちがいない。

 

その別れは、もともとマイペースに活動してきたtoddleの足を止め、それゆえ前作から5年というブランクを必要とさせた一つの理由でもあるだろうがその一方で、ブッチャーズでの活動が必然的にほぼなくなった田渕ひさ子の活動の幅を広げることにも、結果的にはつながっていったように思う。

 

LAMAKoji Nakamuraのバンドへのメンバーとしての参加、SPANK PAGEBase Ball Bearといった他バンドのサポート、吉澤嘉代子黒木渚タルトタタンといった女性シンガーやユニットのバックバンド、変わり種で言えばagraphこと牛尾憲輔の手がけたアニメ「ピンポン」の劇伴への参加、といった「ギタリスト」としての数々のコラボレーション。

そして忘れてはいけないのが、本人名義のソロでの活動であるアコースティックギターの弾き語り。

 

特に、弾き語りについてはライブだけでなく手売りEPも自ら完成させて販売しており、ここに注力することができるようになったのはとても大きな変化だったように思える。

オファーがあって「ギタリスト」として仕事を受けるのとは違い、本人名義で自ら曲を書きギターを弾きシンガーソングライターとして歌う、というのは自らの意思がないと成り立たないだけでなく、toddleに直結する活動でもあるのだから。

 

はじめに書いたように、今作の楽曲のメロディラインは動きも豊かでカラフル。堅いストレートなロック、といった印象の強かった1stアルバム『I dedicate D chord』の時から比べると、今作では歌のメロディへ大きく軸足を動かしたことは歴然だ。

それはやはり「歌を作る」ことに純粋に焦点が絞られる弾き語りというスタイルの活動を通じて、彼女の「ソングライター」としての技量がぐっと高まったことが大きかったのだと思う。

 

また今作では田渕ひさ子のギターの代名詞である切り裂くような攻撃的な歪みは影を潜めている反面、彼女のギターのもう一つの魅力である、芯が太くエッジーで、それでいて伸びやかで艶っぽい一面を聴くことができ、それがまたメロディを引き立たせることに非常に貢献している。

 

さらに、そうしたメロディに寄り添うように、以前は硬さのあった歌声も随分と優しく柔らかく、「弾き語り的」になった。

随所に影や寂しさをにじませる歌詞は、曖昧にぼかすような表現と訥々とした語り口でありながらも、パートナーを喪うという経験を経た後の彼女自身の言葉であると思うとやはり生々しく感じられる。

自分の言葉で自分の歌を照れ無く表現していくという意思が田渕ひさ子に一層強く現れるようになった変化にはどうにも、遠くから彼女の背中をそっと押す吉村が遺した魂が見え隠れしているような気がしてならない。・・・なんと切なく温かい変化だろうか。

 

 

エッジの効いたサウンドとあくまでポップで柔らかな歌メロ、そして寂しげでどこまでもやさしい歌。

それは、言ってみれば、太陽の照りつける夏の昼下がりの甘く切ないノスタルジーのよう。

 

そんな情景がよく似合う、「シンガーソングライター」田渕ひさ子の創り出すtoddleというスタイルが、今、ゆっくりと、はっきりと見えてきた。

名前の付けられない温かくてちょっとだけ苦い感情がじんわりと訪れる、素敵なアルバムです。