週末ひとりけんきゅうしつ

つれづれなるままにひぐらし音楽と社会をながめる人のひとりごと。(もはや週末関係ない)

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ROTH BART BARONは音楽の未来を“取り戻す”ー小さな巨人たちへの5つのまなざし(2)

 

2.歌詞:誰でもあり、誰でもない。「われわれ」による「われわれ」のための音楽

 

ROTH BART BARONの歌詞は、寓話的と言われることが多い。 

 

だが実際には、よく見てみると日常のささいな一瞬をつまびらかに描く部分も、結構多いのだ。

特にアルバム『ROTH BART BARONの氷河期』では「顔を洗って/カーテンを開け」*1ると、「洗濯物がはため」*2き、私たちの何気ない生活がそこで繰り返されていることが強調される。

 

ーーかと思った瞬間、突然に視点が俯瞰に変わり、壊れてしまった世界が映し出される。そこに暮らす「僕」の氷のように透明で壊れそうな純粋さの上には、戦闘機が飛んでいる。

 

ミクロとマクロを、自由に、ダイナミックに行き来する歌詞。そうやって、なんともない私たちのこの身近な生活が、今にも崩れそうな世界の隅々につながっているかもしれないことを、無邪気に、時に残酷に見せつけるように。

 

『ROTH BART BARONの氷河期』の3曲目に収められている「氷河期#3」の副題は“Twenty four eyes / alumite”。学校に持って行く弁当箱が「アルマイト」でないことが恥ずかしい、などといったごくありふれた悩みを抱えながら、他方、戦争への機運が高まる時世の波や貧しさに呑まれていった子どもたちを描いた『二十四の瞳』のことを指している。壺井栄が『二十四の瞳』で滲ませる、世の中の流れに巻き込まれながら懸命に日常を生きようとする、そんなちっぽけな存在である人間への慈しみのような感情は、確かにROTH BART BRONの歌詞にも通底しているように感じ取れる。

彼らが歌い上げるのは、壊れてしまった世界で、それでもしぶとく力強く生活を繰り返し続ける、人間の生への愛なのだ。

 

彼らの描く、その「壊れてしまった世界」のイメージはまるでディストピア小説のような近未来のような趣きもある。その証拠に、直近作『ATOM』では、もっと直接的にSF的なモチーフもたびたび登場するようになっている。が、その彼らの描く近未来は、輝かしくカッコイイ未来ではないどころか、場所も時間軸が曖昧だ。ピカピカ輝くネオンや立派なビル。それ以外に、時代や場所を特定するような言葉は何一つなく、彼らの目を通したそれらはまるで古いSF映画で見た、架空の張りぼてのようなのだ。

しかし、だからだろうか、彼らが『ATOM』で描いているそれらは、とても普遍的なモチーフにも感じられる。

  

ATOM』で描かれているのは、まるで「ファミリーレストラン」(「bIg HOPe」)や「高層ビル」(「Metropolis」)のある平凡な僕と君の街を作っているのが、“大人たちの欺瞞”であることを知ってしまったかのような子どもたちの純粋さゆえの、破壊衝動や逃避への夢のようだ。しかし、彼らの描く古いSF映画のような張りぼては、その極めて平均化された景色ゆえに、そうした子どもたちの(あるいは子どもの心を持つすべて大人たちの)破壊衝動や逃避願望が、どんな時代・場所にも潜む宿命のようにも思えてくる。

 

そこが、彼らの歌詞が寓話的なSFであると言われる所以なのだろう。つまり、彼らの歌詞が寓話的なのは、どこまでも普遍的だからなのだ。

 

だから、ROTH BART BARONの歌詞は「僕」が「君」に投げかけるかたちをとっていることが多いけれど、「君」は特定の誰かだけを指しているわけではないのだろう。男なのか女なのか、それすら曖昧なファルセットで歌われるその歌詞の内容は、誰のことでもないようでいて、だからこそ、すべての人間のことであるかのように響いている。

 

 

2015年10月21日、ちょうど『ATOM』が発売されたその日は、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー2」の、デロリアンの行き先であった「未来」が「現在の日付」に追いついた日だった。だからではないが、『ATOM』の歌詞を読んでいつも思い浮かべるのは、「過去から見た未来」としての「今」のイメージでもある。

 

彼らの歌は、特定の誰かのためではない、過去を、今を、そしてこれからを生きる、すべての人間に向けられた、「われわれ」の歌なのだ。

 

 

ATOM [Analog]

ATOM [Analog]

 

 

   

*1:「氷河期#1(The Ice Age)」/『ROTH BART BARONの氷河期』(2014/9/24 発売) より

*2:「春と灰(Ashspring)」/『ROTH BART BARONの氷河期』(2014/9/24 発売) より