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週末ひとりけんきゅうしつ

つれづれなるままにひぐらし音楽と社会をながめる人のひとりごと。

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cero/Obscure Rideを“シティ”と“ポップ”に分解する(2)“シティ”=わたし達の街の不確かさ、わたし達の見ている「今」

ありふれた日常と普遍の周りを回遊しながら、時折のぞかせる不穏さ。 それは、震災以降改めて気付かされた我々の街の不確かさ。 都市という存在そのもののフィクションや空虚、それゆえに内包する不気味さ、それを眺める自分がいま居るここが夢か現実か定か…

cero/Obscure Rideを“シティ”と“ポップ”に分解する―(1)“ポップ”=対抗文化性

初めに…このエントリーの内容はもうとっくに考えてはいたのですが、私がぐずぐず文字に起こしかねている間に、ほぼ同じ論旨の記事を金子厚武さんが書かれました!笑 良く考えれば私がこの記事を練るのにおおいにヒントになった記事の1つが金子厚武さんによる…

「ネオ・シティポップ」という新しいカウンターカルチャーの在り方の可能性 ―(4)戦略性は「悪」なのか

前回から間が空いてしまいましたが、 ACCが活動をしていくにあたってのその戦略性にフォーカスが当てられていることに嫌悪感を抱く人がいるのはなぜなのか、という前ふりを1回目でしてしまっていたので最後にその点について考えていきます。 ---------------…

「ネオ・シティポップ」という新しいカウンターカルチャーの在り方の可能性 ―(3)ネオ・シティポップのカウンターカルチャー的側面

第3回目です。 第3回目、第4回目は、これまでに比べると、私の個人的な偏見、感覚をもとに書いている側面が強くなっているかと思います。 特に前の記事から使い始めている「ロキノン系」という言葉、これの指すものについては極めて曖昧で語りづらく、ゆえに…

「ネオ・シティポップ」という新しいカウンターカルチャーの在り方の可能性 ― (2) Awesome City Club、ポップネスのなかの冷めたアンチテーゼ

前回の続きです。 ACCのインタビューなどを紐解いていくうちに、「メッセージがない」というスタイルこそが実はある種のメッセージでもあるのでは、という逆説的な考えに至ったのですが、 そういった意識がバンド内で醸成されていった過程の中には彼らのもと…

「ネオ・シティポップ」というカウンターカルチャーの在り方の可能性 ―(1) 具体例:Awesome City Club の注目されるポイント

ほぼほぼ初めてのエントリーにしては気合を入れすぎてしまい、超長くなりました。 今後は簡潔に書きたい!と思いつつ、今回は連載形式にいたします。 私はかなり日本のバンドモノの音楽に偏っている節が多分にありまして、今後もそういった話題が多いのでは…